〈2025.6月号 書評〉英 伸三著「英 伸三、中国江南を撮る 老街茶館」・・・茶館に集う中国庶民の姿を生き生きと捉える  評者:中村梧郎(JCJ代表委員)



 上海西郊・朱家角鎮の倶楽部茶館に始まり、永昌鎮の南に至る地域の36軒を収めている。中国の文人墨客や庶民に愛された茶館ラオジエ(は、憩いの場であり、情報交換や商談の場でもあった。本書の写真には人の暮らしや人情が暖かく滲んでいる。
 亭主は客の大きな茶碗に安物の熱い茶を注いで歩く。朝四時に開店すると席はすぐに埋まり、十時頃に客は出てゆく。麵包を頼む者もいるが、多くは茶をすするだけ。そうした庶民の姿を写真は生き生きと捉える。
 「人を撮るのが好き」という彼のスナップは、カメラの存在を人々に気づかせない。だが隅々にまで届く視線が完璧な構図を掴み取る。
 本書の編集者をして、「1ミリのトリミングも許さない写真」と驚嘆させたほどだ。こうしたフレーミングと素早いシャッターはアンリ・カルティエ・ブレッソンのそれを想起させる。
 1967年に始まった毛沢東の「文化大革命」 は中国各地に深い傷を残した。宣伝句が今も壁に残る。当時、北京放送は ウェンファー・ダア・グ ーミン(文化大革命)と 叫び続けていたものだ。
 ちなみに作家・老舎に「茶館」 という名作がある。清朝の激動期、茶館 を懸命に守る主人公を描く。だが老舎は文革の迫害で入水死した。
 苦難をくぐり抜け三百年続いた茶館群も、改革開放の二〇〇〇年前後には消える。
 1992年から撮ってきた英伸三の写真に、添えられるエッセイは中国語が堪能な愛子夫人のもの。本書は日本と中国にとり貴重な歴史遺産ともなりえよう。(東京印書 館 7200円) 中村梧郎(JCJ代表委員)



英 伸三、中国江南を撮る 老街茶館 東京印書館(2025/1/15)