〈2025.8月号 書評〉山田 健太(著)「転がる石のように──揺れるジャーナリズムと軋む表現の自由」・・・表面の時流に流されず現場から説く鋭い定点時評 評者:藤森 研(JCJ代表委員)

戦後80年。日本の言論状況はどう変遷してきたのか。
「約20年ごとに、構築期・躍動期・挟撃期(権 力と市民双方からのメディア攻撃)・忖度期にま とめられる」と、著者は さらりと書く。テレビ誕生、ベトナム報道、報道 の人権侵害、安倍一強……。思えば、なるほどと 頷(うなず)かされる。
本書は、琉球新報と東京新聞に載った、著者の時評の2020年以降分をまとめたもので、それ以前は既に二冊の本となって世に出ている。長期間、たゆまず現場を見続けてきた「定点観測」か ら紡ぎ出す論評は、優れて帰納的だ。
著者は言論法学者。その視点からの指摘には、時々ドキリとする。
女子プロレスラーの木村花さんの自殺では、SNSで中傷した者がたったの科料9千円。軽すぎないかという世論に、侮辱罪は重罰化された。
著者は批判的だ。「侮 辱罪は名誉棄損罪の弟分のような存在だが、事実の摘示がない抽象的な表現を、幅広く対象にする代わりに、罪を極力軽くし、バランスをとってきた」。安易に変えていい のか、という原則論からの指摘である。
再選前のトランプ氏へのアカウント停止にもいち早く懸念を示した。「『トランプだから』を 許すことが、次は自分たちに返ってくる」と。
表面の時流に流されないこうした指摘こそ、貴重な、学者の本領だ。
本書の題名はボブディランの詩。「転がる石」 は路傍の石ころで、 メディアの暗い現状を暗示する。上から目線のマスコミ批判に耽る学者が多い中、報道現場の苦労をよく知る著者であればこそジャーナリズムの進む明るい道も、勝手な願望だが示してほしかった。 (田畑書店 2,500円) 藤森 研(JCJ代表委員)