〈2025.10月号 書評〉徳田 靖之(著)『菊池事件 ハンセン病差別の壁をこえるために』・・・差別と排除に加担する司法の罪  評者:黒川 みどり(静岡大学名誉教授)



 菊池事件は、1952年に熊本県で起きた爆破事件と翌年の殺人事件で、ハンセン病患者のFさんが犯人とされ無実を訴えながらも「特別法廷」で死刑を執行された。その背景にはハンセン病への偏見差別と、国家による隔離政策があった。「地域を守る」と称して住民が患者・家族を排除する「無らい県運動」の最中に起きた事件である。
 著者は、「特別法廷」(隔離法廷)の違法性を問う国民的再審請求と、Fさんの無実を明らかにするための遺族による再審請求の二本立ての訴訟事件を担う弁護団共同代表であり、差別と排除に司法までが加担してきた経過を明快に述べる。
 本書の圧巻は、ハンセン病問題をはじめ薬害エイズや飯塚事件などの弁護活動の先頭に立ってきた著者が、弁護士として国を相手に闘ってきたという意識が、自らに潜む差別意識を覆い隠してきたのではないかと自身に問い、いかにハンセン病問題を「自らの問題」とするかを課題としながら「命ある限り、闘い続ける覚悟」を記していることにあろう。
 それゆえに著者の目は部落差別が冤罪を生んだ狭山事件にも及び、ともに「つくられた冤罪事件」としてそれを生みだす構造の共通性を指摘。菊池事件は違憲である「特別法廷」で裁かれ、しかも再審が開かれないまま死刑が執行された。
 狭山事件の冤罪を晴らせないまま石川さんが亡くなった。日本国憲法の真価を問う著者の命がけの闘いを前に、私たちも自らのありようを根底から問わねばならない(かもがわ出版 2,000円) 黒川 みどり(静岡大学名誉教授)

菊池事件 ハンセン病差別の壁をこえるために
かもがわ出版 (2025/5/14)