〈2025.11月号 書評〉阿部 菜穂子 (著)『アウシュヴィッツの聖人を追いかけて──ある被爆者と桜守の物語』・・・カトリック信仰と桜が結ぶ3人の求道者を追うドラマ  評者:堀江 学(国際教育交流フオーラム代表)



 核実験の再開が言われる今日、本書が戦後80年の日本で出版されたことは、原爆投下での悲惨な体験を忘れてはならないという意味でも、たいへんに意義がある。
 英国在住ジャーナリストの著者は、2016年に『チェリー・イングラム:日本の桜を救ったイギリス人』(岩波書店)を著し、日本エッセイスト・クラブ賞を受賞していて、「桜」のイメージが 強いが、本書は桜も一つの重要な要素ではあるものの、主題は、あくまで も戦争を決して繰り返してはならない、ということに尽きる。
 6年かけて、広島市、 アウシュヴィッツ、北海道七飯町などを舞台に、篤いカトリック信仰と桜が結ぶ縁をたどり、元新聞記者らしい熱心さで取材し続け、壮大なドラマを浮かび上がらせることに成功している。
 長崎の教会で布教に努め、アウシュヴィッツで斃れた聖マキシミリアノ・コルベ神父、長崎原 爆を偶然まぬかれて信仰の道に生きた田川幸一(小崎登明)、北海道の「桜守」で贖罪として世界へ桜を寄贈し続けた浅利政俊の三人を対象に、著者の精力的な取材が、それぞれの生きざまを浮き彫りにする。
 著者は昨年、英語で 〝The Mar­tyr and the Red Kimono〟(『殉教者と赤いキモノ』)を著し、本書は著者自身による、その和訳である。英語本は英タイムズ紙が、カズオ・イ シグロ『遠い山並みの光』(1982年)、井伏鱒二『黒い雨』(1965年) 等と並び「広島・長崎原 爆に関する必読書7冊」の1冊として紹介。
 前著も英・独・伊・蘭・波など7言語に訳されて出版されたが、本書も多言語に訳されて広く世界の人々に読まれることを願う。 (岩波書店 3,400円) 堀江 学(国際教育交流フオーラム代表)

アウシュヴィッツの聖人を追いかけて──ある被爆者と桜守の物語
岩波書店 (2025/7/22)