〈2025.11月号 書評〉加藤 喜之 (著)『福音派―終末論に引き裂かれるアメリカ社会』・・・トランプ政権の支持基盤、特異な宗教集団の実像 評者:福嶋 亮大(立教大学教授)


今の米国は内戦の可能性もささやかれるほどに分断を深めているが、その根幹には宗教、特に世界の終末とキリストの再臨を信じる福音派の存在がある。
日本人にはつかみにくいその教義と歴史を、生き生きとした文体で描いた本書は、タイムリーであるばかりか、宗教をレンズとする米国精神史・政治史にもなっている点で、稀有の一冊である。
福音派は、プロテスタント系の保守的・道徳的な原理主義であり、聖書を字義通りに受け取る立場からハルマゲドン(最終戦争)の到来を語ったが、1920年代にはその時代錯誤ゆえに日陰に追いやられた。
だが、南部出身のビリー・グラハムの伝道を経て、76年のカーター大統領当選を機に、政治の表舞台に躍り出る。その後も福音派はレーガン、クリントン、ブッシュ、オ バマらとも交差し、トランプ時代にはキリスト教ナショナリズムの中核として、イスラエル政策にも影響を与えるまでになった。
この百年の歴史は、何と起伏に富んでいることか!「古き良き」白人中 心の価値観に根ざす福音派は、反リベラルである一方、民主党・共和党双 方の大統領と関係した。
また、ラジオからウォルマートまで、教えを広める経路も多様多彩であった。福音派はキリスト教を米国化しつつ、米国のキリスト教化をもくろむが、それは今や理性的な公共空間を脅かしている。
かくして本書は、キリスト教が今後どこに向かうのかという宗教史的な問題をも考えさせる。われわれは宗教改革以来の重大な分岐点を目撃しているのかもしれない。 (中公新書1,200円) 福嶋 亮大(立教大学教授)



