〈2025.7月号 緑蔭特集〉エマニュエル・トッド (著)、大野 舞 (翻訳)「西洋の敗北──日本と世界に何が起きるのか」 ・・・急速に進む西洋の自己崩壊 私のおすすめ:吉原 功(JCJ代表委員)

「リベラルな世界秩序」ー実は米国を盟主とし、NATO諸国、日本、韓国を従えた帝国の世界支配は、音をたてて崩壊しつつある、との見解を首肯する人は、どのくらいいるだろう。
トランプ2の乱暴な政策に困惑はしても「民主主義・法の秩序」は戻ってくると信じている人は多いのではなかろうか。
エマニエル・トッド『西洋の敗北ー日本と世界に何が起きるの』(大野 舞訳 文藝春秋)は、そのような楽観論を打ち砕く。もり沢山の深刻な実相を描き出し、危機からの脱出を呼びかけているのだ。
西洋=オクシダンでは、危機の原因はロシアであり中国であるとの言説が当然視されているが、それは間違いであり、原因は西洋自身にある、とトッドは断言する。
「西洋の敗北」はロシアの勝利を意味するのではなく、「宗教面、教育面、産業面、道徳面における自己崩壊プロセスの帰結」であり、その西洋が世界で重要な役割を担っていることが問題なのだと。
ウクライナ戦争についても興味深い指摘をしている。これはロシアと米国の戦争だが、まず英国国防省が「やかましい反ロ軍国主義」となり、その情報がヨーロッパに拡散、当初慎重だった仏独も並んだ。EUという国際協調の機関がNATO軍国主義の影に隠れてしまったというわけだ。ロシア経済を崩壊させるとまで豪語した制裁も失敗に終わった。
問題は「その制裁が戦争を世界規模に拡大してしまうと予測する能力を西洋の指導者に欠けていた」こととも指摘し、西洋の指導者たちは政治的・外交的能力においてプーチンや習近平に劣っていることは明らか、と筆者は書いている。それも西洋崩壊過程の一つなのであろう。
本書は、代表制民主主義の機能不全、エリートと民衆の相互不信、ネオリベ・グローバリゼーションなども問題にしている。現代世界の理解には欠かせない著作だ。 (文藝春秋社 2,860円)吉原 功(JCJ代表委員)