〈2025.7月号 緑蔭特集〉林典子 (著)「フォト・ドキュメンタリー 人間の尊厳──いま、この世界の片隅で」 ・・・あるジャーナリストの重い覚悟 私のおすすめ:中川七海(報道機関TANSAリポーター) 



 私が所属する報道機関TANSAがニューヨークタイムスの取材を受けた際、林典子さんが、カメラマンとして、同道してきた。
 後日、記事に載った写真に引き込まれた。TANSA編集長が、街路樹の下で立っている。報道機関の紹介だからといって、その作業風景に拘泥しない。独立メディアを立ち上げた編集長の眼差しが、一見孤独にも、希望に溢れているかにも見える一枚だった。
 一記事の添え物ではなく独立した作品だ。「撮りたいものがある人だ」と感じた。ジャーナリストとしてTANSAに触れた結果を写真に込めていた。
 彼女のルーツが知りたくて、林典子『フォト・ドキュメンタリー  人間の尊厳──今、この世界の片隅で』(岩波新書)を手にった。
 2006年、大学3年の林さんはガンビア共和国の新聞社で働く。記者経験ゼロだが。行動力に運が味方し、希望していた独立系新聞社「The Point」に入社。政府批判で発行停止になった新聞社の記者で立ち上げた報道機関だ。
 意義ある仕事に励む中で、厳しい現実を知る。政府を批判する新聞社への襲撃や記者殺害が多発していた。ある日、同僚に匿名メールが。「何をしているのか、全て分かっている。気を付けろ。調子にのるな」。まさに脅しだ。それでも同僚は殺されたってかまわない。ただガンビアから独立メディアがなくなることだけは、絶対に避けたい」と。後日、その同僚が襲われた。
 命懸けの仕事だと知った上で、林さんは今の職業を選んだ。その理由が私は同じ職業人として分かる気がする。一つは、たとえ危険でもジャーナリストという仕事が、社会には必要だから。もう一つは、現実を目撃した者として、取材の手や足を止めることができないから。林さんの「撮りたいもの」が詰まった本書をぜひ読んでほしい。 (岩波書店 1,144円)中川七海(報道機関TANSAリポーター)



フォト・ドキュメンタリー 人間の尊厳──いま、この世界の片隅で 岩波書店(2014/2/20)