〈JCJアピール〉圧力・忖度・屈従の悪循環を断ち切ろう 安倍首相退陣・新内閣発足に当たっての見解

ジャーナリズムにとっても危機と災厄の7年8カ月
 8月28日に安倍晋三首相が記者会見で持病の悪化を理由に辞意を表明したことで、2012年12月に発足した安倍政権(第2次)は遂に幕を閉じることになった。7年8カ月にわたったこの政権は、立憲主義・法治主義の破壊、戦争法・辺野古基地建設の強行、増税と新自由主義的経済政策、歴史修正主義、国政の私物化と「お友だち」優遇など、国民にとってあらゆる点で災厄でしかなかったが、ジャーナリズムの分野もその例外ではなかった。
 発足以来メディア対策を特に重視した安倍官邸は、メディアへの圧力・介入を常態化させた。
 NHKの経営委員・会長・理事に政権寄りの人物を送り込む、放送法の公平原則を盾に電波停止の可能性を明言する、メディア対策に当たってきた与党議員が民放の報道番組を批判し、結果的に大量の外部スタッフの契約打ち切りという事態を生む、記者会見で政権に批判的な記者に発言させない等々、悪しき「実績」は枚挙にいとまがない。その一方で、メディア経営者・幹部らと頻繁に会食して緊密な関係を維持し、また首相の好きな新聞社・テレビ局には頻繁に単独会見・出演するなど、メディアを分断・懐柔してきた。その結果、大手メディアの多くで官邸への忖度が広がり、政治報道の質の低下が進んだ。
 また、統計の改ざん、公文書の隠蔽や破棄などを繰り返し、現在と将来の世代が国政を客観的・実証的に検証する手立てを失わせたことも、見過ごせない負の遺産だった。

官邸・メディア合作の「病気辞任」劇?
 問題なのは、8月末のメディアの「辞意表明」報道が、「道半ばで病気に倒れた」というイメージを国民に振りまき、「かわいそう」「おつかれさま」という情緒的な反応を引き出したことである。新型コロナへの無策や検察庁法改正案などで内閣支持率が急落していた7月には既に、「秋までに政権を投げ出すのでは」との憶測が語られていた。8月17日の検査入院についても、「歴代最長内閣の記録更新を花道に、病気を理由に側近に禅譲し、石破の芽を摘む作戦では」との指摘があった。結果的には正にその通りの流れとなり、内閣支持率も一時大きく持ち直すに至った。
 一国の首相が体調不良をあえて表に出し、検査入院に向かう姿をカメラに見せつける……ベテラン政治部記者にそのような異常な行動の「狙い」が分からないはずがない。官邸が脚本を書いた「政権投げ出しを病気辞任にすり替える」という逆転劇=病気の政治利用に、少なからぬ大手メディアは協力したのではないか。

後継首相美化キャンペーンは許されない
 さらに、辞意表明後の政局報道も国民をミスリードするものとなっている。特にテレビは、安倍政権の検証はそっちのけで、自民党内の動向に関する報道に集中している。主流派が菅義偉官房長官で一致すると早速、「地方出身で苦労してきた叩き上げ」という菅美化キャンペーンが始まった。「菅優位」報道や記者会見の放送で露出度が増したことで、9月初めの数日間で一般市民の菅支持率が激増したと報じられている。
 しかし、菅氏が7年8カ月の安倍政権の全期間を通して官房長官として悪政の推進の中心であったこと、記者会見ではまともに質問に答えようとせず、記者に高圧的な態度をとってきたことを、ジャーナリズムは不問に付すわけにはゆくまい。

求められる追及力
 森友・加計疑惑、桜を見る会、そして河井夫妻の大規模買収事件など、安倍首相に関わる疑惑は依然として解明されていない。この半年間のコロナ「対策」の検証も、国民の生命と生活を守る上で欠かせない。さらに、敵基地攻撃論という、国家の根本に関わる重大問題が新たに浮上している。これらを追及することはメディアの喫緊の責務だが、記者会見で政権側が質問を制限し、まともに答えないという状態が慢性化した中では、取材する側の追及力、質問力がこれまで以上に必要になっている。独自取材の積み重ねに依拠しつつ、記者会見を改めて事実解明の主戦場にしてゆくことは、ジャーナリズムにとって大きな課題だろう。
 圧力・忖度・屈従の悪循環を断ち切れるのか、ジャーナリズムとして再生するきっかけをつかめるのか……今、メディアとジャーナリストは存在意義を改めて問われている。

2020年9月11日 日本ジャーナリスト会議(JCJ)